■東京オリンピック
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プロフィール

日本が参加した
オリンピック
入賞者

日本が参加したのは1912年(明治45年)の第5回ストックホルム大会からです。 三島弥彦・金栗四三の2人が参加しました。


1916年第6回ベルリン大会は第一次世界大戦のために中止になる。


1920年(大正9年)第7回アントワープ大会
この大会で日本待望の初メダルを獲得しました。


1924年(大正13年)第8回パリ大会


1928年(昭和3年)第9回アムステルダム大会
日本初の金メダルを三段跳の織田幹雄さんが獲得。 女子では日本から1人参加の人見絹枝さんが陸上800bで銀を獲得しました。


1932年第10回ロサンゼルス大会 この大会から開催期間が短縮された、ちなみに7月30日から8月14日まで。 2回大会から9回大会までは3ヶ月から5ヶ月の期間を掛けていました。


1936年第11回ベルリン大会
三段跳で田島直人選手が16bの世界新で優勝しました。


1940年第12回東京大会
辞退,
代替地のへルシンキ戦争のため中止


1944年第13回ロンドン大会
戦争のため中止


1948年第14回ロンドン大会
日本不参加


1952年第15回ヘルシンキ大会
この大会で体操の竹本さん・上迫さんが跳馬・徒手で銀、上迫さん・小野さんが跳馬で 銅を獲得して体操日本の基礎を作りました。 団体でも5位入賞です。
人間機関車ザトペック選手が5000m・10000m・マラソンで優勝。


1956年第16回メルボルン大会
この大会は変則で馬術だけをストックホルム(スウェーデン)で行われました。
この大会から体操日本の躍進が始まりました。


1960年第17回ローマ大会
この大会で裸足のアべべが登場しました


1964年第18回東京大会
東洋の魔女が大活躍。


1968年第19回メキシコシティー大会


1972年第20回ミュンヘン大会


1976年第21回モントリオール大会


1980年第22回モスクワ大会
日本不参加、日本選手団号泣。


1984年第23回ロサンゼルス大会


1988年第24回ソウル大会


1992年第25回バルセロナ大会
水泳平泳ぎで14歳の岩崎恭子選手が優勝。


1996年第26回アトランタ大会 柔道野村選手、一つ目の金獲得。


2000年第27回シドニー大会 マラソンの高橋尚子さん・柔道の田村亮子さん大活躍。 柔道の野村選手2連覇。


第28回アテネ大会





■ 東京オリンピック







1964年10月10日に第18回東京オリンピックが開催されました。

参加国:93・ 参加人数:5133・ 競技種目:20競技163種目 と、大会史上最高の人数が参加しました。

今年のアテネオリンピックは東京オリンピックから40年目になります。

団塊の世代の人はちょうど高校生の時ではないでしょうか。

私は高校1年でした。

オリンピックが始まるまでの数年はいろいろな物が建設されました。

東海道新幹線が開会式9日前の10月1日に開業、そして羽田から都心を結ぶ東京モノレールが9月16日に開業、

他には首都高速道路・日本武道館・地下鉄・国立代々木競技場など続々と建設されました。








東海道新幹線
昭和30年代、高度経済成長の時代を迎え、
輸送機関の増強が課題とされたときに。
東京から大阪の問題が浮き彫りにされました。
そこで1956年5月に時の国鉄総裁である十河信二は
「東海道増強調査会」を作り、
国家的事業として新幹線問題に当たりました。
技術長に島秀雄氏を起用。
1959年4月新丹那トンネル東口で起工式が行われ、
それから僅か5年3ヶ月で
東京〜新大阪の515.4`が開通したのです。
それは東京オリンピック開会式の9日前でした。
東京〜新大阪間を所要時間約4時間でした。
翌年には所要時間3時間10分までになったのです。









子供心にこれからは世の中が変わっていくんだなと思いましたね、それほど世の中が沸いていました。

テレビをつければ東京オリンピックの歌ばかり。

坂本九さんの歌や、 三波春夫さん「五輪音頭」の♪♪「あの日ローマでながめた月が、今日は都の空照らす」♪♪流行りましたよね。

そうそう聖火ランナー勤めた、坂井義則さん当時は大変だったようです。

まだ候補になったというだけで、マスコミに追いかけられて、挙句の果てにNHKのニュースで痛烈に批判を受けたようです。

競技場に入ってから聖火を聖火台に点火する間「人生で最高の3分間」だったそうです。

聖火台の階段は182段あったそうです。

今はフジテレビのスポーツ局スポーツ部専任部長に就いておられます。




オリンピックの歴史
オリンピックは1896年にギリシャで始まった近代オリンピックと、その
前身の「オリンピアの祭典競技」が古代オリンピックです。
古代オリンピックは紀元前776年から393年の第293回までの1169年間
もの間続けられた。

近代オリンピックは古代オリンピックから1500年経った1892年にフランス
のピエール・クーベルタン男爵が講演の中でオリンピック復興を明らかに
して、1896年にギリシャのアテネで第1回オリンピック大会が開催された
のです。



第1回アテネ大会
1896年4月6日〜15日
アテネのパンアテナイ競技場で5万人を集めて開催されました。
8競技43種目で行われた。
アメリカが全11種目中9種目で優勝した。



第2回パリ大会
1900年5月20日〜10月28日
パリで万国博覧会が同年に開催することになり、諸事情により
万国博覧会の付属大会として開催されてしまった。
女子の参加も認められたり、参加人数や種目も増えてしまった。
そのために種目数や参加人数もはっきりとしていない。
IOCは16競技60種目、19カ国で参加人数は1066人としている。



第3回セントルイス大会
1904年7月1日〜11月23日
この大会もセントルイスで開かれた万国博覧会の付属として開催された。
16競技87種目、参加国13カ国で参加人数は681人。
この大会のマラソンで「キセル事件」が起こったのです。
20キロ地点で倒れこんだアメリカのローツ選手を通りかかった
車が乗せて競技場に帰ろうとした時、残り8キロ地点で車が止まってしまい。
乗っていたローツ選手が車から降りてコースを走り出して、そのまま
トップでゴールしてしまったのです。
車に乗せた人が事情を話したためにロール選手の1位は取り消され、次にゴールした、
アメリカのトーマス・ヒックス選手が優勝しました。

川で水泳競技が行われた。



第4回ロンドン大会
1908年4月27日〜10月31日
22競技110種目、参加国22カ国、参加人数は1999人。
再度、マラソンが話題をさらいました。
イタリアのドランド・ピエトリ選手がトップでスタジアムに入ってきたが、
あまりの疲労のために何度も転倒したために
役員が手をかしてゴールしてしまったのです。
このために失格となってしまったのです。
このことでアレキサンドラ皇太后が特別な金杯を送ったのです。








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